日本WPA : Japan Waterless Printing Association

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日本WPAの活動  - 2013年2月 -

木元武一さん、旭日双光章 おめでとうございます

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日本WPA会員企業・(株)木元省美堂(本社・東京都文京区)の社長・木元武一氏が作年秋の叙勲で旭日双光章を叙勲され、その祝賀会が2月20日、パレスホテルで業界を中心として200名以上が参加し、盛大に開催された。来賓の挨拶に立った文京区長・成沢広修氏は木本さんをまるでサンタクロースのような方と、褒め称えられた。シビックセンターの視覚障害者案内装置を寄贈したり、近隣の公園整備にも寄付、それも継続的にされていたのだ。木元さんは地元民の筆者にも決してこのことは漏らさなかったので驚かされた。
続いて壇上に立たれた中村守利元理事長は展示会での剰余金の分配の逸話、木本さん流の持ち前の美学を披露された。組織の長としては当然、中村さんの主張、「余剰金は印刷団体へ寄付してくれ」が当たり前であろうが、木元さんはこの展示会を支えた現場の立役者達にお礼を示すべきと中村さんの主張を受け入れなかったのだ。まさに、木元さんは展示会を運営した責任者として、仕事上の熱血ぶりを見せつけたのだ。
木本さんはあくまで、自分は頑固者にすぎないとし、この受賞も業界が頂いたもので、自分ではないと謙虚そのものであった。
心臓の手術の後、1年おいての肺の手術と2度の大病を克服され、組合の仕事から引いた今も、現役の社長業を務められているのには頭が下がる。参加者が異口同音に申されたが、いつまでも元気で、我々後輩に檄を飛ばしていただきたいものだ。
参集された方々は長老の新村重治様はじめ、印刷が大好きの方々で印刷界の盛り上げを一層図ろうとの意気込みが感じられ、そんな語らいの会となってくれた。

2013年2月23日

マイク・コンドン氏が水なし輪転印刷機の成功体験談を語ってくれる

第8回WAN-IFRA中東会議(欧州を中心とする新聞印刷協会WAN-IFARの会議)は2月26〜27日にかけてアラブ首長国連邦のドバイ市で開催される。
そのテーマは「青天井ではない」と題したものだ。
今日の新聞業界は比類ない変化を経験を強いられている。つまり、新聞ビジネスを変換し、真実のマルチメディア出版の新しい生態系の中で繁栄するために、懸命の努力をしているが、新聞社は「石(基本形)」を全然むきだしにしているものではない。
この会議で大変注目されているのが、中東地域で1号機のコルチナ水なし印刷輪転機を導入して、地域内でかなりの成長を遂げているAl Nisr Publishing(新聞社)の製造本部長・マイク・コンドンの講演と同社の見学会であろう。
TIE_Michael A. Condon- Gulf News.jpg マイク・コンドン氏
彼は業界には34年在籍し、オーストラリア出身の新聞印刷技術者で2006年よりドバイに請われて移り住み、欧州以外で始めてコルチナ水なし印刷輪転機を立ち上げてくれた役者である。

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水なし印刷で印刷されているガルフ・ニュース新聞

この印刷機はコールドセットとヒートセットの兼用印刷機でものの見事に新聞印刷から雑誌、地方紙、商業印刷物をこなす、半商業印刷輪転機として活躍してくれている。水なし輪転機であるがゆえ、損紙率は低く、環境にやさしく、高品質であるのが高く評価されている。

2013年2月16日

(株)ウエマツ戸田工場見学会〜新しい水なし印刷の可能性の検証〜

現下の印刷経営には大変厳しい側面があるが、逆風に立ち向かう実践法をこの催事を通して大いに学ばせていただいた。
福田社長は稼業を継いで10年の年月が経過した。創業の旧椎名町の工場は時が経つにつれて、住宅地となり、増床の積み重ねの工場では印刷条件上も決していいものではなくなってきつつあった。福田社長は新工場建設の具体案を立て着工にかかろうとした途端、建築資材の値上げに遭遇し、施工主側から見積費用の大幅引き上げを言われる目に遭遇された。リーマンショックともぶつかったが、その後、資材相場の落ち着きもあり、長期視点から建築に踏み切られた。「人の行く裏に道あり花の山」であったのかもしれない。しかし、印刷事業に対する情熱が社長の決心の根底にあったと見受けた。
新しい工場では、最新のテクノロジーを導入し、独創的にして、理想的な印刷工場の建設に当たられた。
印刷室はどの地点をとっても均質になる空調
機械1台ごとにミューテック機を配した省力化
先方紙一時ストックに対応した550パレットからなる、ラック倉庫はオンディマンド搬送機能を備え、工場内空調のチャンバールールに流用し、かつ、用紙のシーズニングにつなげている。
工場内壁面には吸音版を敷設
ハード面もともかく、ジャパンカラーを取得され、定期的に全機械の標準トーンカーブ仕立てを行っているし、環境認証も積極的に取得されている。
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案内してくれた清水常務に熱心に質問する見学者の一行、熱気あふれる見学会であった。

工場管理、経理のための情報化投資(ウエマツ基幹業務システム)も既に何億円とかけておられる。既存のソフト類はウエマツの実情とあっていなかったので、SEの手を借り、自前ソフトを作り上げた。これでガラス張りの見える化管理ができるようになってきた。
この数年の業績も順調に推移していて、好循環のサイクルに入っている同社には将来への自信の程がうかがえた。

本論の〜新しい水なし印刷の可能性の検証〜はすばらしいの一言に尽きる。ダブルデッカー機を6台手持ちしているが、その機構の特性から水ありでは上下胴からくる湿し水の影響で菊全判だとファンアウトが大きく起きてしまう。これが見当障害となり、版の加減焼きを相当量強いられていた。
椎名町の工場でこの解消のために、水なし化を検討しテストもしたが、工場環境の不備が露呈され、新工場で再度挑戦することとなった。当時は、こんな具合で1台のダブルデッカー機は動かしていない状態であった。新工場移設後、水なし化のテストを再度行ったが、工場環境の格段の向上効果により、水あり時では今まで見られなかった、見当精度の向上が水なし印刷で実証され、今や、5台の機械を水なしに転換してリニューアルして使い出した。17年のダブルデッカー経年機が水なし化でもう一度、現役復帰をして働き出すとは驚きである。これにはウエマツ様の執着心、FFGS、東レ、タケミの関係者のご努力に負うところも大きい。
柴崎武士氏(タケミ・社長)の見解では、昨今の市場傾向を見ると印刷会社としては、このような自衛手段をも考えるべき時代になったのではないかとしていた。
工場見学に移ったが、第1印象はパウダーの付着の少ないこと、水なし両面機でも想像以上に少ない。工場内がものの見事に整理整頓され、社員の皆様の挨拶励行は実に徹底していた。大変有意義な、ある意味でショックを受けた見学会であった。

2013年2月 9日

水なし印刷人は絶対にこのようなことはしない

昨年は胆管がん問題が露見されたが、米国では大気汚染で印刷会社が告発される事件が起きた。水なし印刷では起こりえないことであるが、米国の事例では法律遵守をしていないことが問題であったようだ。環境第一、これが水なし印刷人のモットーである。

シカゴ地区の新聞報道:大気汚染で印刷会社が告発される(WC13.02号転載)
シカゴ・トリビューン紙、シカゴ地区で最も高い購読の新聞、および、全米国新聞(発行部数監査会によって報告)の第9位にあげられている新聞の2012年12月28日版にで、以下の記事が掲載された。それはシカゴ市郊外のレイク・ブック製造と呼ばれる印刷会社に言及されている。同社は並製本、上製本や豪華本などの本の製作会社である。それが、USEPA(米国環境保護局)汚染管理規則に違反したと言い渡された、厳しい刑罰事例であり、私達はこの記事を抜粋・転用するする:
「(NewsEdge経由のシカゴ・トリビューン(IL)取得記事)12月28日--イリノイ州司法長官リサ・マディガンは木曜日に、大気汚染につながる機器の設置に違法とし、西部郊外の製本・印刷工場に対して、訴訟を起こした。」
クック郡巡回裁判所で起こされた77ページの訴訟は、規定された大気汚染物質として知られている「揮発性有機物」を放つ可能性があり、さらに、10台の印刷機を設置する前に建築許可証すらも得ていなかった点につき、メルローズパークを本拠とするレイク本製造社が法律を犯していると主張する。
司法長官は、会社が、また、汚染を起こす可能性を持つ印刷機と2つのガス・ボイラーの動作許可証を得ていないと言った。
マディガンは、法廷に、機器の使用を中止し、違反金として各項目で50,000ドル、さらに、機械を操業した各日々につき追加の10,000ドルの罰金を支払うことを会社に強制するよう訴訟している。
レイク本製造のコメントを得ようとしたが、木曜日の夕方、接触することができなかった。 そのウェブサイトによると、同社は40年間にわたり、本を出している。
同社は印刷機を設置する前にイリノイ環境保護局から適正な建設または運転の許可証を交付されていないことが、2010年11月の点検で判明し、訴訟によれば、州の環境保護法では規定されているが、それは許可証に対する料金を支払ていなかった。
同社は2000年から遡って「1年につき25トンを超えるを揮発性有機材料を放散した可能性があった。」と、訴訟は述べる。そして、それは同社が州環境保護庁に提出した資料を引用している。
「同社はまた1992年から2010年までの年間排出報告書と季刊報告書をイリノイ環境保護庁に提出しなかった。」と訴訟は主張する。

2013年2月 6日

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